先日、大学生の時に読んでいた本を読み返していました。
『父・こんなこと』
幸田文(こうだ あや)さんによって書かれた、昭和20年代の本です。
父(幸田露伴)の死にゆく姿と父との様々な記録を残したものです。
いかにも昭和の男と思われる厳しく、頑固な父。
その記録の中で、掃除の話を少しだけ紹介させていただきます。
(掃除を)何からやる気だと問われて、はたきをかけますと云ったら言下に、「それだから間違っている」と、一撃のもとにはねつけられた。整頓が第一なのであった。
「その次は何をする?」
考えたが、どうもはたくより外に無い。
「何をはたく?」
「障子をはたく。」
「障子はまだまだ!」
私はうろうろする。
「わからないか、ごみは上から落ちる、仰向け仰向け。」
やっと天井の煤(すす)に気がつく。
「はたきの房を短くしたのは何の為だ、軽いのは何の為だ。第一お前の目はどこを見ている、埃はどこにある、はたきのどこが障子のどこへあたるのだ。それにあの音は何だ。学校には音楽の時間があるだろう、いい声で歌うばかりが能じゃない、いやな音を無くすことも大事なのだ。
物事は何でもいつの間にこの仕事ができたかというように際立たないのがいい。」
う~ん。昔は親から子へしつけや常識を伝えていくのが基本でした。
片付けができていなかった私も、父から相当どつかれました。(そこまで怒らんでいいやないと思うくらいに)
私の両親は、「そんなこと(しつけ)を人様から教えてもらうのは申し訳ない。というより恥ずかしい。」と口癖でした。(特に一緒に住んでいた祖母は厳しかった・・・。恥ずかしながら今でも叱られることはあります。)
現代はそれが少しずつ変わってきているようです。
でも、自分が教えられていなければ、子どもに教えることはありませんよね。
日本の将来の為にも、大切なことは伝えていきたいものです。