まだ長女が二歳位の時、主人と三人で外食をしたことがあります。向かいに座っている主人から少し目線をそらした先に、そのご家族はいらっしゃいました。お父さんとお母さんと五歳と三歳くらいの子どもさんが二人。声が届く店内で、そのご家族の声が聞くともなしに聞こえてくるので、どうしても気になってしまうのです。
「ほらまたこぼした!」「もう動かんでって!」「なんでじっとしとかんと!」「あ~もうやめて!」…お子さん方が、じっとして食事をしてくれないようで、お母さんはずっと苛立っていらっしゃいました。正直、その時の私はまったく他人事で、「そんなに怒らなくてもいいのに」とか、幼児教育に携わった経験から「そうそう思うようにはならないだろうな~」などと、偉そうに思っていました。…本当に偉そうに。
その、二十年近く前の光景が今でも記憶に残っているのは、その数年後には、私自身が全く同じようなことをしていたからです。外食に限らず、いいえ、食事に限らず、「もう!」「なんで!」「ほら!」苛立ちながらこの言葉を何度も何度も使いました。そして、時折あの日のあのお母さんを思い出すのです。「ああ、私も同じだ」と。「あの時のお母さんは、きっとこんな気持ちだったんじゃないかな」と。飲食店で我が子を叱りつけている自分を、決して客観的に考えられないはずはなかったと思うのです。決して我が子を責めたいわけではなかったと思うのです。『周りから何と思われてるかな』『どうしたらおりこうさんにしてくれるかな』『こんなに怒りたいわけじゃないのに』『笑って許せるようになりたい』『もっと優しくなりたい…』きっと、そんな感情が渦巻いていたと思うのです。きっと、一生懸命子育てをしていらっしゃったのだと思うのです。
私は、ご存知の通りダメダメな母親です。我が子が小さかった頃は毎日寝顔に懺悔し、思春期に入ってからは毎日バトルし、未だに反省と後悔を繰り返す日々です。我が子達が立派に育っているとは間違っても言えません。それでも、この冬も家族で楽しくクリスマスを過ごし年を越し、三人で展開するガールズトークに耳を傾け、「幸せだなぁ」と、「ありがたいなぁ」と感じました。飲食店で見かけたあの日の光景。何度も何度も、私が私自身に嫌気がさした時、「きっとあのお母さんも一生懸命頑張ってる」勝手にそう思うことで救ってもらいました。
ね、お母さん、一緒に頑張りましょうね。
関 恵子