「明日、休みたい」夜遅く、主人も休んだ後、二人になったところで次女が唐突にそう言いました。その言葉の意味が一度では理解できず、そういえば、さっきから鼻をぐしゅぐしゅさせてたなぁ…と呑気に、そして熱なんてめずらしいなぁなんて考えながら、「え、何、熱ありそう?」そう聞き返すと、「そんなんじゃない。明日、学校休んでいい?」と、今度は願望ではなく、許可を求める言葉を口にしました。「…は?何言いよると?え、何、学校を休んでいいかってこと?」マヌケなことに、その時の私は、言われた言葉をそのままオウム返ししました…。
ところで、大変ありがたいことに、三人の娘達は、幼稚園・保育園の頃からこの日まで、誰一人「学校に行きたくない」を口にしたことは一度もありませんでした。もちろん、順風満帆の日ばかりではなかったことは私が一番わかっていますので、『行きたくなかった日』があったであろうことも知っています。でも、娘達にとって学校は、『行かねばならないもの』として刷り込まれていたようで、そして『行かない選択なんかしていいはずがない』と思っていたようで、今までその状況に悩まされたことがありませんでした。…私は、そのことを本当にありがたいことだと思っていました。なぜなら、長女の友人にも、次女の友人にも、そして三女の友人にも、学校に行けない子がいるからです。実は、私の知人も娘さんの不登校に胸を痛め、悩みを打ち明けられたことがあります。でも、私に何ができるはずもなく、ただ聞くだけ…。ありきたりの言葉をかけるだけ…。そんな自分が情けなく、申し訳なく、そして、身近にあるそんな状況に、不謹慎ながら、我が子達が毎日元気に学校に行ってくれることが、本当にありがたいことなのだと感じていました。
さて、次女に「学校に行かなくて良いか」と問われた私は、オウム返ししかできないという一瞬の思考停止の後、すぐさま「良いわけないやん!」と返しました。「やっぱりね。お母さんはダメって言うと思ったっちゃん。何で私が行きたくないかとか、そんなん気にもしとらんやろ!」ここで、(しまった…)とは思いました。確かに。『学校は行かねばならないもの』そう思っている私は、そんなことを言い出した次女を「何わがまま言ってんの」の言葉で一蹴しようとしかしていませんでした。「じゃあ、何があるとよ。話してよ」「イヤやし。言っても無駄やん。どうせ何言っても『行け』ってしか言わんやん」「そんなん話を聞いてみらんと分からんやない。お母さんの答えを勝手に決めつけんでよ」「いや、分かる。じゃあ話したら、休んでいいとか言う!?」「だけん、聞きもせんのに答えは出せんやろ!」…もう泥沼笑。深夜のリビングで派手な言い合いを繰り広げ、その平行線の押し問答には決着がつくはずもなく、「もういい!とにかく明日は行かん!!」そう言い捨てて、次女は自分の部屋へ行きました。
翌朝、時間になっても起きて来ない次女。「さっさと起きなさい!行かんなんて言わせんよ!」一晩たっても私の口から出る言葉はこんな感じ笑。ただ…。(ベッドから出てこなかったら大変だな…)その気持ちはありました。
幼稚園の保護者の方から、「息子が行きたがりません。制服にも着替えなくて。しばらく様子を見ます」といったお電話を時々頂きます。その時私は「着替えなくていいですよ。そのままでいいので抱っこして連れて来てください。幼稚園で着替えますよ」と言います。嫌なことを乗り越える経験をしてほしい。そしてその嫌なことは、幼児期の今だからこそ、まだ解決もしやすい。今、頑張ろう!その子も、お母さんも…!そう思うからです。
…でも。次女は、すでに私よりも背は伸び、私が着替えさせるとか、抱えていくとか、もうできない。本当は引きずってでも連れて行きたい。『嫌な何か』を乗り越えてほしい。でも、力ずくが通用しない。どうしたものか…。そんな不安は、あったのです。そうして「私のこと何もわかってない・私のこと何も心配してない・こんな状況で学校行きなさいって言うのはお母さんだけ・友達のお母さんは休ませてくれてるのに・お母さんはいつもおかしい」…言いたか放題、悪態をついていましたが(その都度、私が応戦してしまうので朝から大変なことでしたが)、結局、次女は学校へ行きました。実は、玄関を出た後も、学校への道は辿らないんじゃないかと思っていましたが、ちゃんと学校に着いたとLINEが来て、その時、本当に心底、行ってくれたことに安堵し感謝しました。私から状況を聞いていた主人も、一安心したようでした。
…今でも、一体何が次女に「休みたい」と言わせたのかは分かりません。でも、あの日「もう大丈夫」と言ってバツが悪そうな顔で帰ってきて以降、もう「休みたい」とは言いません。言うだけ無駄だと思っているのか、本当にそう思わないのか…。小さな頃から『ねばならないもの』があることは教えてきたつもりです。それが功を奏したのかもしれませんし、全く関係ないかもしれません。
実は、次女が寝た後、心配な気持ちと乗り越えてほしい気持ちをLINEで送りました。似たもの同士、一度口を開けば口論になることは分かりきっているので、文字に私の正直な想いを込めました。その内容は、あの日次女が玄関を出た後、目にしたようでした。それかもしれません。…でも、やはり、次女の本当の心の内は分かりません。今はただ、休み癖がつかなくて良かった…そう思っています。
関 恵子