くすの木幼稚園 副園長 関 恵子
例えば、家の中。片付けができない、しない。例えば、銀行。呼び出しを待っている私の横でじっと座っていられない。例えば、小児科。遊ぶスペースにとどまって遊ぶことができない。例えば、友人や実家等誰かの家。暴れまわる。例えば、歯医者。診察台でじっとしていられなくて、「ウチでは無理です」と言われる…。
これは、私の中の次女の記憶。盛ってもいなければ、間違った記憶でもありません。15~16年前の事実です。…当時の私は(実は今もですが…)、次女に手を焼いていました。とにかく私の言うことをきかない。気が強く、ワガママで、自分のしたいことを押し通す次女。私は、そんな次女に言い聞かせることができず、結局最後は、力でねじ伏せていました。怒鳴りつけ、平手打ちをし、人前でそんなことができない時には、繋いだ手を握力に任せて握りしめる…。今なら、訴えられるかも…。これを読んでいる方には、引かれているかも…。
確かに。まだ4~5歳の小さな我が子に手を上げるなんて、あり得ない。考えられない。そう思うお母さんはたくさんいらっしゃると思います。でも、怒鳴らずにはいられない。手を上げずにはいられない。「それは、感情に任せているだけでしょう?カッとなった自分を抑えられないだけでしょう?」と思われることでしょう。その通りだと思います。私は多分、間違っていたと思います。でも、言い訳をするなら、私にはその時の気分ではなく、「我が子を何とかしたい」と言う気持ちだけはありました。「ちゃんとお片付けしよう」「銀行で待っている間の10分足らずでいい、良い子にしてて」「病院は静かに待つところだから、座って遊ぼう」「家の中で走り回らないで」「お願い、今はじっとしてて…」周りを見渡せば、同じくらいの年齢の他所のお子さんはおりこうにしているのです。お母さんの言うことを聞いて、多少ぐずったとしてもちゃんと聞き分けて、その場その時に適した行動ができる。…なのに、なぜ、私の子はできないんだろう。なぜ、言うことを聞いてくれないんだろう。言うことを聞かない我が子を前に、ため息しか出ない。泣きたくなる。…涙が出る。
ところで、「ウチでは無理です」と歯科で言われ、「小児歯科に行けば、台に括り付ける器具があるので、そちらに行かれると良いですよ」との言葉を思い出しながら、私は新たな歯科を探しました。そうして見つけた小児歯科。受付の問診で、『台に括り付けて治療をしてくれるところを探していたので』と馬鹿正直に記入した私は、診察室に親子で呼ばれ入室しました。女性の先生は、私を一瞥されたものの何を仰ることもなく、次女と簡単なやりとりをし、多少ぐずる次女を診察台に座らせると、淡々と、それは見事に淡々と、処置をされました。…台に括り付けることもなく。
その後、先生は私に仰いました。「子どもはできるんですよ。ただ、親がそれをさせていないだけです」と。…自分の子育てに、こんなにストレートにダメだしをされたのは初めてでした。正直、返す言葉もなく。…私だって、言うことをきかせたい。ちゃんとさせたい。暴れていいなんて思ってない。でも、できないんです。言うことを聞いてくれないんです。どうしていいかわからないんです…! 心の中でそう叫び、親としてNGを突きつけられたような恥ずかしさと情けなさとを抱えて帰りました。…ただ、次女は括られることなく処置を終えた…その事実を考えれば、先生が仰っていることは間違いなく正しい…のでしょう。でも、その事実が、更に自分を『ダメな母親だ』と証明しているようで、情けなくて、苦しくて、悲しくて…。やっぱり、泣けてくる…。
「躾けなければ…」「ちゃんとさせなければ…」そう思うばかりで、でも、結局いつもそれができず、怒ってばかり…。だから私は、最初の歯科にNOと言われた時、「なんとか頑張らせよう」「言いきかせよう」と考えるのではなく、「括り付けてもらおう」「やってくれるところを探そう」そんな『頼った』考え方をしていました。小児歯科の先生は、そんな私を見透かしていらっしゃったのでしょう。だから、ダメ出しをいただいた…のだと思います。
確かに、私が次女に前もってかけた言葉は「痛くない歯医者さんだから大丈夫よ」と、ただその場を乗り切るような何の根拠もない言葉でした。でも、本当は、「こんなことするけど我慢できるよ」「フッ素って言ってね、虫歯にならないお薬を塗るだけだから何にも怖くないよ」等々、もっとたくさんの説明であるべきだったのかもしれません。『納得させること・なだめること』から、私は逃げていて、「どうせ無理」と諦めていました。でも、やっぱり我が子。初めから誰かに頼る子育てでは、ダメだしをもらって当然だったのです。
あれから15年。今年ハタチになった次女は、未だに私の悩みの種です。何故って…。言うこと聞きませんもん。立派な口答えと、妙な自立心と、一般論を振りかざし、自分を正当化します。私はと言えば、15年前のように力でねじ伏せることは当然できず、すでに対等に立つ我が子にイライラ…。これが、現実。小さな頃から次女を納得させることやなだめることがなかなか上手くいかなかった、私の子育ての結果なのです。
『言うことをきかない我が子VS言うことをきかせられない親』…この『親』はまさしく私で、この勝負は、子どもが大きくなればなるほど、親に勝ち目がなくなります。もし、今、「言うことを聞いてくれない…」と悩んでいるお母さんがいらっしゃったら、(私のように)力でねじ伏せるのではなく、「どうせ無理」と諦めるのではなく、言い聞かせることを続けてください。何度も何度も、あの手この手で「これはダメ」「こうして欲しい」と教えてください。苦しかったら、誰かに相談しましょう。誰かに聞いてもらいましょう。私達幼稚園にいつでも相談してください。どうか、一人で悩まないで、一人で泣かないでくださいね…! 一緒に頑張りましょう!
(…余談ですが…次女の名誉のために補足をすれば、次女は一応、真っ当?に育っています。ただまあ、私の言うことを聞かないのは事実なので、未だ対戦中なんですけどね…)